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28/07/2021

Thêm một người Hoa nhận giải thưởng văn học Akutagawa (Nhật Bản) - Lí Cầm Phong đến từ Đài Loan

Lần trước, là chị Dương Dật (đã giới thiệu nhanh trên Giao Blog ở đây, năm 2014). Đó là người đâu tiên. Cũng đã giới thiệu từ năm 2009 trên Giao Blog cũ (đọc tạm bản lưu ở đây).

Năm 2014, tôi đã gặp trực tiếp chị Trần Thiên Tỉ - là chị em họ của Dương Dật. Thú vị là có một buổi Trần Thiên Tỉ đã vào phòng làm việc của tôi và trò chuyện một lúc khá lâu (sẽ đề cập chi tiết ở một dịp khác).

Và bây giờ, năm 2021, là em Lí Cầm Phong 李琴峰 đến từ Đài Loan.

Lí Cầm Phong (đây là bút danh, chưa công bố tên thật) sinh năm 1989. Em bắt đầu học tiếng Nhật từ năm 15 tuổi, cũng bắt đầu tập viết truyện bằng tiếng Trung Quốc từ khoảng năm đó.

Lí tốt nghiệp Đại học Đài Loan năm 2013, rồi đến Nhật cùng năm và theo học chương trình Thạc sĩ tại Khoa Nghiên cứu Giáo dục tiếng Nhật của Đại học Waseda (đã tốt nghiệp).


Tiểu thuyết Đảo hoa Bỉ Ngạn


Lí xuất hiện trong văn đàn Nhật Bản từ năm 2017.

Tác phẩm vừa nhận giải thường danh giá Akutagawa (lần thứ 165) của Lí được viết bằng tiếng Nhật với tiêu đề Đảo hoa Bỉ Ngạn (tạm dịch).

Về hoa Bỉ Ngạn, trên Giao Blog có thể xem ở đây.

Dưới đây, đi một ít tin nhanh. Cập nhật dần.

Tháng 7 năm 2021,

Giao Blog




Nguồn : Lại một mùa hoa Bỉ Ngạn nữa : đã vào thu 2019







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第165回芥川賞に石沢麻依さんと李琴峰さん、直木賞は佐藤究さんと澤田瞳子さん(2021年7月14日)
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日本文学振興会は14日、第165回芥川賞・直木賞(2021年上半期)受賞作を発表する。
芥川賞には、群像新人文学賞を受賞した石沢麻依さんのデビュー作「貝に続く場所にて」など5作が、直木賞には、5回目の候補となる澤田瞳子さんの「星落ちて、なお」など5作がノミネートされている。選考会は同日午後3時から築地の料亭で開かれ、決まり次第発表される。その後、都内のホテルで受賞者による会見が行われる予定。

◎芥川龍之介賞受賞作品 ・石沢麻依(いしざわ・まい)「貝に続く場所にて」(群像 6月号) ・李琴峰(り・ことみ)「彼岸花(ひがんばな)が咲く島」(文學界 3月号) ◎直木三十五賞候補作品 ・佐藤究(さとう・きわむ)「テスカトリポカ」(KADOKAWA) ・澤田瞳子(さわだ・とうこ)「星落ちて、なお」(文藝春秋) ーーー ◎芥川龍之介賞候補作品 ・石沢麻依(いしざわ・まい)「貝に続く場所にて」(群像 6月号) ・くどうれいん(くどう・れいん)「氷柱(つらら)の声」(群像 4月号) ・高瀬隼子(たかせ・じゅんこ)「水たまりで息をする」(すばる 3月号) ・千葉雅也(ちば・まさや)「オーバーヒート」(新潮6月号) ・李琴峰(り・ことみ)「彼岸花(ひがんばな)が咲く島」(文學界 3月号) ◎直木三十五賞候補作品 ・一穂ミチ(いちほ・みち)「スモールワールズ」(講談社) ・呉勝浩(ご・かつひろ)「おれたちの歌をうたえ」(文藝春秋) ・佐藤究(さとう・きわむ)「テスカトリポカ」(KADOKAWA) ・澤田瞳子(さわだ・とうこ)「星落ちて、なお」(文藝春秋) ・砂原浩太朗(すなはら・こうたろう)「高瀬庄左衛門御留書(たかせしょうざえもんおとどめがき)」(講談社)
※中継内容等は予告なく変更になる場合がございます。予めご了承ください。

https://www.youtube.com/watch?v=mcsWmsjoSWI&t=628s



芥川賞に石沢麻依さん 李琴峰さん(2021年7月14日)
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14 thg 7, 2021

14日午後に第165回の芥川賞が発表され、石沢麻依さんの「貝に続く場所にて」、そして李琴峰さんの「彼岸花が咲く島」の2作品が選ばれました。  芥川賞に決まった貝に続く場所にては、ドイツの学術都市で暮らす主人公のもとに東日本大震災で行方不明になったはずの友人が突然、現れることで物語は展開していきます。  時間や距離などが重なり合うことで登場人物がそれぞれ失ったものを取り戻す様を描いた作品です。  作者の石沢麻依さんは宮城県生まれの41歳です。東北大学大学院の文学研究科を修了し、今年、貝に続く場所にてでデビューしました。  芥川賞は初めてのノミネートでの受賞となりました。  もう1作品の彼岸花が咲く島は、記憶をなくした少女が主人公です。  流れ着いた島では男女が違う言葉を学び、女語を習得した女性があらゆる儀式を執り行い、島を管理するといった物語です。  作者の李琴峰さんは台湾生まれの31歳です。15歳から日本語を学び、2013年に台湾大学を卒業して来日し、2017年に作家としてデビューしました。  芥川賞は2回目のノミネートでの受賞となりました。 [テレ朝news] https://news.tv-asahi.co.jp


714日に開かれた第165回芥川賞(日本文学振興会主催)の選考会にて、日本語教育研究科出身の李琴峰さんによる小説「彼岸花(ひがんばな)が咲く島」(文學界)が、第165回芥川賞の受賞作に選ばれました。

李琴峰さん

『彼岸花が咲く島』(文藝春秋)

写真提供:共同通信社

 

このたびのご受賞を心よりお祝い申し上げます。

https://www.waseda.jp/fire/gsjal/news/2021/07/27/8043/?fbclid=IwAR0xVK5fJEiwD6WH-qEjDe7dlkzz_H7mZI_YMp0ZtfaOtB-z68Yfy7jlz7U

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CẬP NHẬT


1.

日本語への恋を叶えた台湾人作家、李琴峰が芥川賞を受賞

Books 社会 文化 ジェンダー・性 歴史 2021.07.15

野嶋 剛 【Profile】

第165回芥川龍之介賞が発表され、台湾出身の作家、李琴峰(り・ことみ)の『彼岸花が咲く島』が、石沢麻依の『貝に続く場所にて』と共に、受賞作に選ばれた。台湾出身者による芥川賞の獲得は初めてだ。中国語環境の台湾で育った李琴峰は、いかにして日本語文学で最高の登竜門と言われる賞を獲得するに至ったのかを、その人生の歩みからたどった。

李 琴峰 LI Kotomi

日中二言語作家、翻訳家。1989年台湾生まれ。2013年来日。2017年、初めて日本語で書いた小説『独り舞』で群像新人文学賞優秀作を受賞し、作家デビュー。2019年、『五つ数えれば三日月が』で芥川龍之介賞と野間文芸新人賞のダブル候補となる。2021年、『ポラリスが降り注ぐ夜』で芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。『彼岸花が咲く島』が芥川賞を受賞。他の著書に『星月夜(ほしつきよる)』がある。

31歳になる李琴峰は、一昨年、『五つ数えれば三日月が』で芥川賞候補になっている。そのときも、選考委員の間でも高い評価を受け、高樹のぶ子や島田雅彦らなどから受賞に推す声もあった。同作品では野間文芸新人賞にもノミネートされた。今回の受賞作である『彼岸花が咲く島』も受賞は逃したが、三島由紀夫賞の候補になっており、待ち望まれた大輪の花をとうとう咲かせた、と言えるだろう。

作家としての李琴峰の特色は、やはり日中両言語での執筆能力を有している点だろう。同じ台湾にルーツを持って日本の文壇で活躍している作家の東山彰良や温又柔は、幼いころから日本で育って教育を受けてきたのに対して、李琴峰は台湾で育ち、台湾の名門・台湾大学を卒業したあとから日本に渡って早稲田大学の大学院で修士課程を学んだ。その後、日本企業に就職して働きながら、日本語の小説を書く腕を磨き続けたという特殊な経歴が注目されるだろう。

歴史を遡れば、台湾出身者では邱永漢、陳舜臣の2人も戦後早い時期に直木賞を受賞しているが、陳舜臣は日本育ちの台湾華僑であったし、邱永漢も当時日本の領土であった台湾で日本語教育を受けて日本の大学で学んだ人物であったので、日本語は母語に等しかった。その意味で、従来の台湾出身作家に比べても、李琴峰の受賞のすごさはなおさら際立つものだ。

李琴峰の著作は『独り舞』『五つ数えれば三日月が』の中国語版が祖国台湾で出版されているが、いずれも翻訳者を介さず、自分で日本語の小説を中国語で書き直している。作者と訳者が同一人物ということについて李琴峰自身、「空前絶後と言わないまでも相当珍しいだろう」(nippon.com『日本語籍を取得した日』)と述べている。李琴峰が日中両言語作家と名乗っている所以である。ただ現在のところ小説発表の舞台は日本をターゲットにしている。

現在は、芥川賞を取るような作品を書く高度な日本語を使いこなすが、決して幼少期から、日本語を話せる家族に囲まれた環境で育ったわけではない。台湾中部の田舎町で生まれ育った李琴峰は、中学校までは「あいうえお」すら読めなかったという。そんな彼女がふと日本語をなぜだか学びたいと考えたのは中学二年のときだ。

日本語の表記について、李琴峰は「平仮名の海に漢字の宝石が鏤められている」と感じた。その美しさに魅了され、学び続けずにはいられなかった、と述べている。もともと語学のセンスもあったに違いない。学んでいるうちに日本語で独り言をつぶやくようになり、夢の中の登場人物も日本語を話すようになった。アニメやドラマは台湾でも身近なコンテンツだ。それらのセリフを写し取ったりして日本語の語彙力を高めていった。

だから最初に知った日本語は平仮名ではなく、片仮名だった。ポケモンの名前がカタカナだったからだ。アニメソングから「君」や「少年」「好き」という言葉を少しずつ覚え、次第に『名探偵コナン』『犬夜叉』『ヒカルの碁』などに手を広げ、J-POPなどからも表現を学び取っていた。高校生になって日本語学校に通って学習を続け、やがてサブカルチャーの限られた日本語語彙にあきたらなくなり、より深い日本語の世界に小説や楽曲などを通じて入り、やがて自ら日本語の表現者となる道を選んだのである。

とはいえ、非母語の作家が日本文学の世界でやっていけるのか、李琴峰は作家を志してから、常に悩み続けた。自身が述べているように、非母語の世界で生きている人間は常にその言葉の正確性に不安を抱えなくてはならない。李琴峰自身、日本文学界におけるマイノリティ性を強く意識しており、彼女の言葉を借りれば「常に正しいとされるのは母語話者の方であり、非母語話者にはその言語に対する解釈権はないのだ」ということなのだ。

2017年に『独り舞』で群像新人文学賞を受賞したことについて、李琴峰は「血を吐く思いで辛うじて手に入れた、日本語という名の筆」が肯定されたことに安堵し、「『日本国籍』ならぬ『日本語籍』をやっと手に入れたような気分だった」と振り返っている。芥川賞受賞によって、その「日本語籍」はさらに強固なものとなり、もはや「非母語話者」の不安に怯える日が来ることはないだろう。

彼女の小説世界においても、性的マイノリティの登場人物は欠かせない。レズビアンやゲイ、トランスジェンダーなどLGBT に対して寛容で、日本でも高い人気を有するオードリー・タンIT大臣のような人材が活躍する台湾という社会の空気を、李琴峰はその作品のなかに色濃くまとわせている。

受賞作『彼岸花が咲く島』は、記憶を失くした少女が、ある島に流れつく。その島では男女が異なる言語を使い、女語を使う女性が島の支配者となるのだが、少女はその島で女語を習得しながら、島の歴史や悲劇を知るに至っていく。

本書を著すにあたって、李琴峰は、沖縄本島与那国島へのを行なっている。与那国島の先にあるのは台湾だ。日本、台湾、中国との間の微妙な距離を保つ沖縄。沖縄の一部ではあるが、本島とも異なる文化や歴史を有し、台湾との一体感も持つ与那国。それらの島々の境界性と多義性について本作は深く読み込み、自らのアイデンティティのあり方も投影させている作品であるように読めるのは、私だけではないだろう。

遠く離れた台湾の地で、運命に導かれるように日本語にのめり込んだ台湾の少女が、とうとう、日本語世界で最も権威のある文学賞までとってしまった。李琴峰の日本語への恋は、見事な形で、相思相愛となって結ばれたのである。

バナー写真:芥川賞の受賞が決まった李琴峰さん、ニッポンドットコムのスタジオにて2019年7月撮影

https://www.nippon.com/ja/japan-topics/bg900308/


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BỔ SUNG


2. Đọc nhanh


李琴峰

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

李 琴峰(り ことみ、Li Qinfeng、1989年12月26日[1] - )は、台湾籍の日本在住の小説家・日中翻訳者である。母語中国語であるが、日本語で作家活動を行っている。

「李琴峰」はペンネームであり、本名非公開[2]

概要[編集]

1989年に台湾の農村で生まれ、15歳から日本語を習い始め、同じころから中国語で小説創作を試みた[3]

国立台湾大学卒業後、2013年来日、早稲田大学大学院日本語教育研究科修士課程入学、のち修了。

2017年、初めて日本語で書いた小説「独舞」(のち『独り舞』に改題)で第60回群像新人文学賞優秀作を受賞し、作家デビュー。同作は、通勤電車の中で浮かび上がった「死ぬ」という一語が創作のきっかけだったという[4]。『独り舞』台湾版は自訳で刊行(2019年、聯合文學出版社)。

2018年10月1日、日本の永住権を取得した[5]

2019年、「五つ数えれば三日月が」で第161回芥川龍之介賞候補。同作は後に単行本化し、第41回野間文芸新人賞候補となる。2021年、「ポラリスが降り注ぐ夜」で芸術選奨新人賞を受賞。同年、「彼岸花が咲く島」で第34回三島由紀夫賞候補、第165回芥川龍之介賞受賞。

文芸誌のほか、「ニッポンドットコム」や「太報」「幼獅文藝」など、日本と台湾のメディアにてコラム等を執筆している。訳書は自著以外に、東山彰良『越境』がある。

レズビアンであり、「反出生主義」の思想に共感しているところがある[2]。過去にTwitterで日本の立憲民主党の支持者と表明し、当時の日本の首相である安倍晋三や、桃園国際空港李登輝空港とする改名案を提案した在日台湾人団体を批判したことがある[6]

著作[編集]

  • 『独り舞』(「独舞」より改題、2018年、講談社
  • 『五つ数えれば三日月が』(2019年、文藝春秋)
    • 五つ数えれば三日月が(『文學界』2019年6月号)
    • セイナイト(『群像』2019年4月号)
  • 『ポラリスが降り注ぐ夜』(2020年、筑摩書房)
  • 『星月夜(ほしつきよる)』(2020年、集英社)
  • 『彼岸花が咲く島』(2021年、文藝春秋)

単行本未収録作品(小説)[編集]

  • 「流光」(『群像』2017年11月号)
  • 「ディアスポラ・オブ・アジア」(『三田文學』2017年秋号)
  • 「地の果て、砂の祈り」(『すばる』2020年12月号)
  • 「湖底の炎」(『S-Fマガジン』2021年2月号、櫻木みわと共作)

随筆・書評等[編集]

  • 「透明な膜を隔てながら」(『すばる』2017年9月号)
  • 「ある夢」(『文學界』2018年8月号)
  • 「記憶と共存するための本」(webちくま、胡淑雯『太陽の血は黒い』書評)
  • 「私がたどり着いた「真ん中」の風景」(ハフポスト日本版)
  • 「自転車は時間の魔術」(『文學界』2019年2月号、呉明益『自転車泥棒』書評)
  • 「日本語籍を取得した日」(ニッポンドットコム)
  • 「虹がはためくのはいつか——日本と台湾のLGBT問題を考える」(ニッポンドットコム)
  • 「どうすれば作家デビューできるの?——日本と台湾で異なる文壇事情」(ニッポンドットコム)
  • 「日本人は銃剣で子どもを殺していたのよ——『親日』と『反日』の狭間で」(ニッポンドットコム)
  • 「帰郷で重なる記憶と歴史」(『読売新聞』、リービ英雄『模範郷』書評)
  • 「独立した二台の機械のように」(『三田文學』2019年秋季号)
  • 「いとしき日本、悲しき差別――属性で規定されない世界を夢想して」(ニッポンドットコム)
  • 「文学の暴力、楽園が地獄に」(共同通信、林奕含『房思琪の初恋の楽園』書評)
  • 「レズビアン小説を書くならエロスが必要か問題」(『OVER』Vol.02)
  • 「島々の悲歌——沖縄、琉球と台湾」(ニッポンドットコム)
  • 「同性婚に至るまで――台湾同志文学に見るLGBTの軌跡」(『東方』2020年2月号)
  • 「新宿二丁目の煌めき①新宿二丁目はどんな色をしているか」(『ちくま』2020年2月号)
  • 「新宿二丁目の煌めき②新宿二丁目はどんな顔をしているか」(『ちくま』2020年3月号)
  • 「新宿二丁目の煌めき③新宿二丁目にどんな過去があるか」(『ちくま』2020年4月号)
  • 「だから私はタピオカミルクティーさよならしなければならない」(『跨境:日本語文学研究』第9号)
  • 「『外国人が描いたLGBT小説』とは一体何か」(ハフポスト日本版)
  • 「台湾のコロナ対策を賞賛する、日本の人たちに知ってほしいこと」(現代ビジネス)
  • 「あなたが私を外人と呼ばわる前に」(ニッポンドットコム)
  • 「のけ者たちの風景」(『文學界』2020年6月号)
  • 「芽吹くことなく死んでいく恋の種」(『海響一号 大恋愛』)
  • 「創作の源泉としての中二病」(ニッポンドットコム)
  • 「宇宙の神秘に迫る壮大な叙事詩――『三体』シリーズ」(『文學界』2020年10月号、劉慈欣『三体』シリーズ書評)
  • 「夏と花火と時間のかけら」(ニッポンドットコム)
  • 「終わりなき越境の旅」(ホーム社)
  • 「幼子の厄災――広島原爆関連施設を見学して」(ニッポンドットコム)
  • 「始まりの場所――下関紀行」(ニッポンドットコム)
  • 「男女のまなざしを逆転」(共同通信、李昂『眠れる美男』書評)
  • 「ミーハー的百人一首の旅:ゆかりの地を巡る」(ニッポンドットコム)
  • 「最後の海外旅行」(『小説トリッパ―』2021年春号)
  • 「精一杯の秘境・祖谷——初めての四国・その一」(ニッポンドットコム)

訳書[編集]

  • 東山彰良『越境(ユエジン)』台湾、尖端出版、2020

脚注[編集]

  1. ^ 第161回芥川賞候補に5作:高山羽根子、古市憲寿が前回に続き2度目ノミネート - ほんのひきだし、2019年6月17日
  2. a b 陳亭均 (2019年7月17日). “反出生主義信仰者 李琴峰——在文學裡重生” (中国語). 今周刊中国語版2021年7月19日閲覧。
  3. ^ 独り舞. 講談社
  4. ^ 『独り舞』著者、李 琴峰さんインタビュー。「苦難の果てに辿り着く、私は私の境地。」”. 2018年12月4日閲覧。
  5. ^ 李琴峰 (2018年10月29日). “言語や国籍、性別や性的指向だって長い間揺らいでいた。思索の末、私がたどり着いた「真ん中」の風景”. 2021年7月19日閲覧。
  6. ^ 自由時報電子報 (2021年7月20日). “「芥川獎」李琴峰曾推文反安倍批台僑 日網路炎上 - 國際” (中国語). 自由時報電子報2021年7月20日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%8E%E7%90%B4%E5%B3%B0

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1Bài trên Giao Blog (đã đưa lên mạng năm 2009)


This entry was posted in Văn học Nhật on 

Chúc mừng em, Shirin Nezammafi, của chúng tôi !

Shirin là người Iran, sinh ở Teheran năm 1979 (năm nay vừa tròn 30 tuổi, theo cách tính của Nhật thì mới 29 tuổi), đến Nhật ngang ngang với thời điểm Đông Du của tôi — năm cuối cùng của thế kỉ 20. Chúng tôi cùng ở trong một nhóm sáng tác văn chương bằng tiếng Nhật (học sinh nước ngoài nói tiếng mẹ đẻ không phải tiếng Nhật, đến Nhật, ở Nhật, và viết bằng tiếng Nhật, về nước Nhật người Nhật hay về chính mẫu quốc của mình). Người đỡ đầu của chúng tôi là nhà văn Suhara — đồng thời là Giáo sư về Quốc văn, tức Văn học Nhật Bản, của Đại học Tokyo.

Tin vui đã đến với chúng tôi vào ngày hôm nay: Shirin nhận Giải thưởng Tác giả mới 新人賞 lần thứ 108 (năm 2009) của tạp chí "Thế giới Văn học 文學界" — một tờ tạp chí văn chương uy tín hàng đầu của nước Nhật. Người nào được nhận giải thưởng này thường sẽ (hay sẽ được) chính thức bước vào con đường sáng tác văn chương chuyên nghiệp. Nhà văn Ishihara Shintaro (sinh năm 1932), hiện đang giữ chức Chủ tịch Thành phố Thủ đô Tokyo (suốt từ năm 1999 đến nay), là người đầu tiên nhận giải thưởng văn chương này vào năm 1955 (khi còn đang theo học Khoa Luật thuộc Đại học Hitosubashi).

Shirin được nhận giải thưởng năm nay bởi đoản thiên tiểu thuyết "Giấy trắng 白い紙" của cô —sẽ đăng trên tạp chí "Thế giới Văn học" số 6 năm 2009 (phát hành vào đầu tháng 5 năm 2009). "Giấy trắng" viết về câu chuyện tình của một đôi bạn cùng lớp trong khung cảnh thị trấn nhà quê thời chiến tranh Iran-Irắc. Vì là đoản thiên tiểu thuyết nên không dài, nếu có điều kiện về thời gian, tôi sẽ dịch sang tiếng Việt và đăng tại blog này. Mời đón đọc và bình luận.

Shirin là người nước ngoài thứ hai được nhận giải thưởng này (năm kia, năm 2007, chị Dương Dật 楊逸 mang quốc tịch Trung Quốc là người đầu tiên, với tác phẩm Cún con ワンちゃん, khi ở tuổi 44 và sau 20 năm sống ở Nhật ).

Ảnh: Shirin (trong sưu tập của nhà văn Suhara)

https://dzjao.wordpress.com/2009/04/16/chuc-mung-em-shirin-nezammafi-cua-chung-toi/

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2009年05月16日 22時10分24秒

シリン・ネザマフィの「白い紙」を読んだ!

テーマ:本でも読んでみっか

とんとん・にっき-bunngakukai2


文芸春秋社の「文学界」2009年6月号に、「第108回文学界新人賞発表」とあるので購入しました。必ず買うというわけではなく、掲載されている作品が「芥川賞」に近そうだという、その時の匂いというか、判断で買ったり買わなかったりの、気まぐれな読者です。たまたま昨年の「文学界」2008年12月号に載っていた山崎ナオコーラの「手」という作品が「芥川賞」の候補作に挙げられていました。その時「文学界新人賞」を受賞した上村渉の「射手座」と松波太郎の「廃車」は「芥川賞」には、残念ながらかすりもしませんでした。


その前の「文学界」2008年6月号に掲載された楊逸の「時が滲む朝」は見事「芥川賞」を受賞しましたが、「文学界新人賞」を受賞した北野道夫の「逃げ道」は選ばれませんでした。ということで、たまたま買った「文学界」、「芥川賞」に届くか届かないかは時の運、必ず当たるとは限りません。「文学賞メッタ斬り」じゃないんですから。そうそう、その前の「文学界」2007年12月号では「新人賞」が楊逸の「ワンちゃん」でしたが、同時に掲載されていた川上未映子の「乳と卵」が「芥川賞」を受賞するのではないかと、予想したこともありました。


話を戻して、「文学界新人賞」を受賞したのは、シリン・ネザマフィというイラン人の女性でした。外国人の受賞は中国人女性の楊逸以来二人目で、漢字圏以外では初めてです。ネザマフィは「経歴」によると、1979年生まれ、29歳。イラン・テヘランの出身。神戸大学大学院を修了し、現在は大阪の大手家電メーカーのシステムエンジニアとして勤務しています。美人の若いイラン人女性、話題性抜群です。しかし、受賞作は「白い紙」、言ってしまえば、戦争の最中、学校で出会って互いに意識するようになった若い男女、男は戦場へ行き、二人は別れ別れにという、昔からよくある、場合によっては陳腐な、青春の物語です。


この物語の背景は、実は現在も続いている「イラン・イラク戦争」です。楊逸が描いた「時が滲む朝」の背景には、天安門事件がありました。中国の政府当局と、学生や知識人との対決や葛藤がありました。しかし、ネザマフィは、戦争を取り上げて大上段に振りかぶったりすることはありません。主人公である少女から見た身近な世界が描かれ、時間が流れます。日本も日本人も、この物語には一切登場しません。しかしネザマフィの書く「日本語」の文章はまったく違和感がなく、ごくごく自然です。上手いと言ってもいいでしょう。気持ちよく、すらすらと読めました。


文学界新人賞の選考委員は角田光代、花村萬月、松浦寿輝、松浦理英子、吉田修一の5人で、それぞれ選評を書いています。吉田修一は「作者が持つイメージ、時にはリアル過ぎ、幻想的でさえあって。この観察力は、・・・作家として信頼に足るものだと思う」と高く評価しています。描写される光景は「普通のカメラアイではなく、そのレンズに更にチャドルを巻いたとでも言えばいいのだろうか」とし、「新しさは感じないが、不思議と古さも感じなかった」、そして「『白い紙』は、何か言えないことを、隅々まで神経を使いつつ、そっと告げようとした小説だと思う。この作品を読むと『デリカシー』という、どこか懐かしい言葉が浮かんでくる」と述べています。


とんとん・にっき-bunngakukai1

松浦理英子は「『白い紙』に注目したのは戦争という深刻な題材ゆえではない。だいいち、戦争文学としては端正に定型を踏んでいる印象でさほど新鮮味がない」と言いながらも、「定型なだけに、最後の別れの場面などは映画さながらに美しいテーマ曲が聞こえそうで確かに胸をうたれる」としています。評価した理由として「候補作の中で基礎的な能力が最も高かったからだ」として、「定型をしっかり支える観察力と描写力があり、イランもしくはイスラム固有の事物が登場する時には、さりげなく文中に説明を織り込む洗練された文章構成力がある」と述べています。


角田光代は「描写力が優れている。・・・一人称をいっさい使わないことで、作者は小説と格闘している」とし、同様に松浦寿輝は「視点を一人称においた小説なのに『私』等の一人称主語を徹底的に抹消しており、そこに日本語の特性を踏まえたうえでの意識的な文章作法が見られる」と言います。花村萬月は「外国人であるがゆえに日本において他者の視線にさらされることからきているのか、それとも持って生まれた資質か、区切られた世界をよく見ている。『なんだ、大東亜戦争当時の日本といっしょじゃねえか』といった感想を持った。・・・ともあれ日本語に主語はいらないと言うことをイラン人が見事に示してくれた」と述べています。


例えば、雑踏する喧噪な市場を描いたこういう箇所は、見事な文章力で素晴らしい。「バザールの入口から足を一歩中に踏み入れるとあらゆるにおいが一気に迎えてくれる。スパイスの混ざり合った匂い、焼き物の香ばしい匂いから靴屋さんの合成革や魚屋さんの強烈な臭いまで。それに、雑音。客を集めようと手を叩いて大声で今日のお勧めを叫ぶお店の人、大工さんの工房で鉄をハンマーで打つ職人、母親が見つからず、大声で泣いている子供、値引き交渉が白熱している主婦と店員、金を出さない主人に激怒する奥さん」。


診察にきた先生を医者である父が玄関先で見送る場面。「教え子の中に、一人・・・どうしても戦争に行かせたくない子がいるんです。勿体なさ過ぎて・・・」、それがハサンでした。ハサンが母親を連れて診察にやってきます。ドア越しに垣間見えるハサン。玄関の外で待っているハサン、玄関のドアの隙間から外をのぞくと、振り向いたハサンと目が合います。「なぜか、指先が感覚を無くす。少し見開いた目で私を見つめているハサンを数秒見つめ返した。耳が熱くなる」。いや~、若い男女の淡い思い、目があっただけでドキドキ、いつの世も変わりません。


タイトルの「白い紙」は、熱血教師が「君たちの今は、白紙のように真っ白だ。良くも悪くもない。これから君たちがその白紙に色んなことを書いて、色んな色を塗って、色んな絵を描いていく。50、60になって、振り返って自分が描いた絵に満足できる人生を歩むため、今からしっかりしないといけない」と唾を飛ばして言う、まさに陳腐な言い回しからきています。後半、ハサンが白い紙を取り出し、それを真ん中から二等分に折り、一気に破ります。先生は「君たちの人生が白い紙のようで、自分でなにを書くかで、人生が変わる」と言っていたことに対して、「俺が信じているのは・・・」とハサンは「自分が描けるのはこの白い紙の、半分だけだ」と断言します。


ハサンは「明日、朝9時モスク前の広場で待っている」とだけ言い置いて立ち去ります。明日の朝、モスク前の広場でなにがあるのだろう?次の日、モスクの広場の前に、数十台のトラックが駐車しています。ハサンは見当たりません。まさか、トラックに乗っているはずがない。その楽観的な気持ちと、だんだん最期に近づいて苦しい気分とが混ざり合って、一歩進んでは立ち止まります。21台目のトラック、その後ろの一番前の列に、ハサンガ座っていました。「まだ遅くない。その上から、下りてくれれば」。母親がトラックの横で泣いているにもかかわらず、ハサンは無表情でまっすぐ前を向いています。「ハサン!」全力で叫ぶと一瞬だけ目が合います。トラックが動き出します。ハサンの顔がトラックの動きに合わせて、ゆっくり揺れます。「私を見ているような気がする。無表情な顔が少し歪む」。


そして「濃い緑のトラックの列が視界から消えた。何百人もの白い紙を乗せたまま、黒い排気ガスとともに、走り去った」ところで、この物語は終わります。


Nguồnhttps://ameblo.jp/tonton3/entry-10259688241.html

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『白い紙/サラム』(文藝春秋)

  • 2017/07/01
白い紙/サラム / シリン・ネザマフィ
白い紙/サラム
  • 著者:シリン・ネザマフィ
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(160ページ)
  • 発売日:2009-08-07
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  • ISBN-10:4163284109
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  • ISBN-13:978-4163284101
内容紹介:
文學界新人賞受賞作(「白い紙」)、留学生文学賞受賞作(「サラム」)。大型新人の傑作二作。

イラン・イラク戦争の最中、一人の少女が両親とともにテヘランから、人口二万人にも満たない国境の町に引っ越してきた。戦争医師の父親が最前線に近い病院に転勤したからだ。地元の高校で勉強しているうちに、ハサンという同級生と恋するようになった。ハサンは成績が抜群で、将来医者になるのが夢である。だが、不意の出来事は彼の運命を大きく変えた。

日本語で書かれた小説だが、登場人物はもちろん、描かれた内容も、作品の背景もすべてイランのものだ。だが、翻訳小説と違って、書き手は日本に在住し、作品は日本人読者のために書かれたものである。

新鮮な印象を受けたのは、たんに未知の国のことを書いたからではない、世俗的時間と聖なる時間のずれと、そのずれによって引き裂かれた人々の生が独特の視点から描き出されているからだ。

いくら厳格なイスラム国家とはいえ、イランの人々が生きているのは二十一世紀の世界である。辺鄙な田舎町でも、時折外の風が吹き込んでくる。ハサンが医者を目指して猛勉強したのも、少女がテヘランの生活に憧れているのもそのためだ。ハサンの先生が教え子の出世を切望しているのも同じ理由からである、

だが、先生が「皆さんは一枚の白い紙のようだ。自分の将来を自由に描けるのだ」と口を酸っぱくして説教しても、ほとんどの生徒にとって白い紙に絵を描くのは神の領分である。ハサンでさえ最後に自分の運命を神の手に委ねた。魂が肉体を凌駕する世界では、身体に対する制約は果たして精神の桎梏(しっこく)なのか。この根本的な問いは恋愛と家族の絆のドラマの奥底に深く隠されているような気がした。

複数の話題を一つの作品に盛り込ませる手法は鮮やかである。宗教戒律と人間感情との衝突、国際紛争の不条理、戦争の悲惨さ、未成年の戦争動員。そうした重い問題を真正面から描くのではなく、少女の初々しい恋物語のなかに器用に織り込まれている。

おそらくイランでは誰も書かなかった小説であろう。何しろ、男子学生と女子学生が言葉を交わすことさえ禁じられた土地の話だ。厳しい戒律を破り、危険を冒してまで好きな人と逢い引きする。このような少年少女の恋心を描く小説は、ペルシャ語ではおそらく書けないし、書いたとしても発表する場はないであろう。もし日本との出会いがなければ、生まれてこない作品だ。

「白い紙」に比べて、「サラム」のほうは内容が相対的に身近だ。アフガン内戦のときに、レイラという少女が日本在住の「おじさん」を訪ねて来た。父親がハザラの司令官であるため家族が迫害を受け、母親はタリバンに殺害された。父親は部下をつれてパキスタンに逃れ、一家がばらばらになった、レイラは日本で難民申請を試みたが、彼女を待っているのは思いも寄らない結末だ。

レイラの悲しい運命を描きながら、アフガン問題の複雑さ、長年の内戦がもたらした民衆の苦難などを浮き彫りにした。田中弁護士という副次的な人物でさえ生き生きとして、感動的である。

この新人作家は非母語でも巧みに操る才能に恵まれているようだ。随所にちりばめられている機知に富んだ比喩も笑いを誘うが、作品名にはさまざまな意味が込められている。読み終わって、再び「白い紙」や「サラム」といった言葉を見ると、なぜか切なくなった。

https://allreviews.jp/review/171

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文学界新人賞を受賞したシリン・ネザマフィさん=8日午後、東京・紀尾井町の文芸春秋
 文学界新人賞を受賞したシリン・ネザマフィさん=8日午後、東京・紀尾井町の文芸春秋

 第108回文学界新人賞(文芸春秋主催)の贈呈式が8日、東京都内で開かれ、イラン人のシリン・ネザマフィさん(29)が日本語で書いた小説「白い紙」で賞を受けた。

 ネザマフィさんはテヘラン出身。来日して10年になる。神戸大大学院を修了し、現在はシステムエンジニアとして大手電機メーカーに勤務している。大阪府在住。

 受賞作「白い紙」は、イラン・イラク戦争下の小さな町を舞台に、10代後半の男女の淡い恋を描いた青春小説。日本語を母語としない書き手が文学界新人賞を受賞したのは、中国籍の芥川賞作家楊逸さんに次いで2人目。

 ネザマフィさんは日本語で書いた小説「サラム」で、2006年の留学生文学賞を受賞している。


https://www.shikoku-np.co.jp/national/culture_entertainment/article.aspx?id=20090508000326

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