霊山である雷山
糸島の南、佐賀との県境には脊振山地がそびえる。
古くは山岳信仰の修験場とされた山々が連ね、
脊振山をはじめ、糸島の内では浮岳や雷山が信仰の対象として崇められていた。
これらの霊山には、それを示す痕跡が残っており、
山頂付近に構える神社や山内寺院、それに廃寺跡などがそれである。
『筑前国風土記』(貝原益軒)によれば、
記紀に登場する「層々岐岳(そそぎだけ)」とは雷山のことで、
その昔、神功皇后が熊襲討伐のために兵を結集させた山だという。
山そのものをご神体に水火雷電神を祀ることから、「雷山(らいざん)」と
呼称されるようになったのは、それより後のことである。
千如寺について
雷山の千如寺といえば、紅葉の名所としてよく知られている。
毎年境内を紅く染めるカエデの大樹は、樹齢約400年だという。
寺の起源は、それよりもずっと古く、
一説には、今から1300年以上昔、聖武天皇の時代といわれる。
天皇勅願により、インドから渡来した清賀上人が開基した怡土七ヵ寺の一で、
千如寺はその総本山という伝承があるが、はっきりした記録はない。
最盛期には300を超える僧坊を構えた大寺は、
平安末期には皇室領「怡土荘」の内にあって、京の仁和寺が管理し、
この頃の住職は、今津にあった仁和寺の出先役所から任命されていた。
鎌倉時代に入ると、二度に渡る異国侵攻(蒙古襲来)という国家の非常事態である。
千如寺は異族調伏の有力な祈願寺として幕府に期待された。
しかし、室町から戦国時代にかけての長い戦乱の間に寺領は押領されて、
僧坊も仲之坊の1坊を残すのみとなって、寺はすっかり荒廃してしまった。
千如寺大悲王院と雷神社の関係
荒れ果てた千如寺に再興の光が差したのは、江戸時代も中期である。
当時の福岡藩主・黒田継高は、千如寺・仲之坊の実相上人に帰依しており、
今津の廃寺を千如寺の子院として再興させた。
これが宝暦3(1753)年に創建された「金剛坊」を号する「大悲王院」で、
カエデの木は、この時に創建の記念として、継高が植樹したと伝えられている。
また、千如寺は明治に入るまで雷神社の中宮をはじめ、上宮、下宮のすべてを司っていた。
これは、山全体をご神体に水火雷電神が鎮座する雷山が、
神仏習合の山であったことを示すものである。
時は流れ、明治初めに新政府が発した神仏分離令によって、
中宮の正面に坊舎を構える仲之坊が廃されると、
本尊を含めたすべての仏像や寺宝は大悲王院に移された。
すっかり空坊主になった12月末の大カエデ。
雷神社(雷神宮)について
雷神社(いかづち じんじゃ)は、千如寺から山道を登ること約1kmの場所にある。
古来、女人の参拝を許さなかった社で、本殿のある中宮には、
水火雷電神、高祖大神、香椎大神、住吉三神、八幡神の五神を祀る。
降雨祈願に効験(こうけん)のある社とされて、
雨の少ない年には雨乞いの神面祈祷が行われていたという。
また、当時は権力者と有力な寺社が緊密な関係を結ぶのは通例だが、
雷神社にもそれを示す100通近い文書が残存している。
各代の少弐氏文書をはじめ、九州探題にあった一色範氏からの雨乞い祈祷の催促文書、
足利直冬が降雨祈願の成就後に詠んで奉納した和歌などである。
鎌倉期以降は、千如寺が関東祈祷所として幕府に重んじられたため、
その管理下にあった雷神社も広大な神領を有していたと考えられるが、
その多くは戦国の世にあって押領された。
江戸期に入ってからは、慶長年間(1596-1615年)に福岡藩主・黒田忠之(二代)、
宝暦年間(1751-1764年)には継高(六代)からの神領寄進の記録がある。
拝殿前の狛犬(阿)。
境内に佇立する2本の千年スギ。
左上からの雷神社の上宮、中宮、下宮(左下)である。中宮鳥居の正面には、仲之坊が確認できる。
大悲王院はその右手である。(『筑前名所図会』/1821年)。
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