沖村氏(前列右端)は、さる1月8日、中国政府から「国際科学技術協力賞」を序列2位で授与された。 |
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日本を抜いた中国の科学技術力~その知られざる実像
科学技術振興機構中国総合研究交流センター上席フェロー 馬場錬成
プロフィル
馬場 錬成( ばば・れんせい )
1940年、東京都生まれ。東京理科大学理学部卒業後、読売新聞社入社、編集局社会部、科学部、解説部を経て論説委員(科学技術政策、産業技術、知的財産権、研究・開発問題などを担当)。2000年11月、読売新聞社退職。元東京理科大学専門職大学院総合科学技術経営研究科教授。特定非営利活動法人・21世紀構想研究会・理事長、科学技術振興機構(JST)中国総合研究交流センター・上席フェローなどを歴任。著書に、『大村智-2億人を病魔から守った化学者』(中央公論新社)など多数。
目の色を変えて日本の電化製品を買いあさる中国人の「爆買い」を見て、中国の科学技術力は「まだまだ発展途上」と考える日本人が多いかもしれない。しかし、科学技術分野の研究開発に投じる国家予算の規模、最近の学術論文数、世界の大学ランキングなどを子細に分析すると、まったく違った中国像が浮かんでくる。科学技術分野で世界一をめざす「科教興国」の実像だ。日本も無関心を決め込んでは将来が危うい。一衣帯水の大国が科学技術にかける本気度と最新の成果について、中国の科学技術政策に詳しい馬場氏がリポートする。
日本の官僚の真意とは
「中国の科学技術は日本を抜いた」と訴えているのは、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)特別顧問の沖村憲樹氏である。沖村氏は先ごろ、日中の科学技術交流推進に貢献した功績で、中国政府から「科学技術協力賞」を授与された。この賞は中国で最高の科学技術の国際叙勲であり、行政官として初めてという異例の表彰で、外国人受賞者7人のうち序列2位で授与された。
日本の官僚の中で中国の科学技術研究現場に最も詳しい人である。筆者は2006年に沖村氏が設立したJST中国総合研究交流センターに関わってから、同氏と共に日中の科学交流を推進する仕事をしてきた。その体験から見た中国の科学技術政策と研究動向を分析して報告する。
沖村氏が「中国は日本を抜いた」という意味は、次のような観点から語っているものだ。
*中国の研究者の中で、世界トップクラスに躍り出てきた人が次々と出ている
*国家をあげて科学技術政策に取り組む制度の拡大が急進している
*研究投資額が急増しており、世界水準の巨大大学群の研究エネルギーが半端ではない
*選択と集中で政府が研究投資する実績が着実に広がっている
*国家をあげて科学技術政策に取り組む制度の拡大が急進している
*研究投資額が急増しており、世界水準の巨大大学群の研究エネルギーが半端ではない
*選択と集中で政府が研究投資する実績が着実に広がっている
こうした現状を総合的に見ると、もはや日本を抜いて行ったと理解してもいいという意味だ。
研究現場に人材を供給する中国の大学群、研究機関群の拡充ぶりが急激に進展している。大学の数は日本の4倍を超えており、これからも増え続ける。学生・院生の数も急増する。現在の高等教育就学率は30%(2012年)。これを2020年までに43%に引き上げる計画だ。大学の在学者数は1494万人から2158万人に膨れ上がる。
中国の大学生の60%近くは理系専攻である。これは日本の大学の文系・理系の色分けとは、ちょうど反対になっている。中国は、建国以来一貫して、「科教興国」を国の最重要政策として掲げ、科学技術の振興、教育の充実を強力に推進してきた。それがこの10年内に実を結び、急激に拡大している。
世界最高水準に近づく高等教育機関を目指しており、グラフで見るように研究投資を急拡大している。
このように中国は、なんでも世界一を目指すという国家目標が明確に打ち出されていることからも、中華思想は脈々と生きていることを実感する。
日中高等教育機関の教育経費推移
また、主要国の研究開発費の総額(購買力平価換算)の推移を見てみると、中国だけがこの10年で急激に増加している。
グラフから分かるように、中国は年平均20%あまりで増加しており、4年で倍増のスピードである。2009年に日本を抜き世界第2位になり、2013年には35兆円規模となり、日本のほぼ2倍になった。
次々と打ち出した選択と集中の投資
1978年の改革開放前の中国の大学は、古びた校舎、研究施設も満足になく文献類も研究情報も貧困だった。そのころの大学研究者は、やることがなくて「毎日、カードゲームで遊んでいた」と苦笑する。
解放後は、こうした遅れを取り戻そうと、大学は最先端の設備機器を備えた世界一流の研究開発型大学に変貌しようという掛け声で国が投資を続けてきた。
1993年には、「211プロジェクト」という名称の科学技術政策を発表し、21世紀までに世界レベルの大学を生み出すための集中投資政策を掲げ、中国の112の大学を選定して投資した。
特別投資(一般の教育経費以外)として1996~2005年の10年間に約2兆8千億円、さらに2006年~2015年の10年間に約3兆6千億円を投資している。
続いて1998年には「985プロジェクト」政策を発表した。この時も一層の集中投資を行い、世界一流、国際的知名度の高い大学を生み出すため39の大学を選定した。
この政策でも特別投資(一般の教育経費以外)として1999~2004年に6840億円、2005~2009年に6328億円、2010~2015年には1兆2177億円を投資し、研究設備では世界のトップクラスに劣らない状態になってきた。
この10年、中国の経済状況が一挙に上昇し、余裕が出てきた資金の多くを未来のために研究投資をするという中国の戦略が着実に実行されてきた。科学と教育で世界トップになるという国家戦略が着実に進展していることがうかがえる。
「海亀政策」で打ち出した人材確保
中国の大学を訪問すると、日本と決定的に違うことはどの大学でも学長の年齢が若いことだ。大半の学長は、英語、日本語、ドイツ語、フランス語など流ちょうな外国語を話す人が多い。
10年ほど前までは、中国から外国に留学した優秀な人材は、そのまま留学先にとどまって帰国しない人がほとんどで、国の経費で留学しても戻ってこない研究者が多かった。中国の研究者は「これは違法行為だから、今さら帰国すると捕まると思っていた」と告白する。
そこで政府は「海亀政策」を打ち出した。海亀と同じように生まれ故郷に戻ってくるように呼び掛けたもので、戻ってきた人には違法性は不問にするという柔軟な政策だ。
それどころか戻れば待遇はもとより、専用住宅の用意、配偶者の仕事の面倒、子弟の教育の手配など、聞けば聞くほど至れり尽くせりの制度を作った。外国にいる中国人研究者の論文が「ネイチャー」や「サイエンス」などメジャーな科学ジャーナルに掲載されると、中国の政府機関や大学から好条件で戻ってくるよう誘われるようになる。
その政策に乗って、多くの人材が帰国した。欧米の研究スタイルを身につけ、欧米とネットワークを持った若々しい大学指導者が、中国の研究機関や大学に次々と出現していった。
「211プロジェクト」に選定された112大学の学長の年齢構成を調べたのが下のグラフである。中国は60歳以上の年代がたった10%しかいない。日本の国立大学の学長の年齢が55歳から59歳まではたった5%であり、残りの95%は60歳以上である。中国は日本の真逆である。
イギリスの大学評価機関「クアクアレリ・シモンズ社(Quacquarelli Symonds :QS)」が2009年から毎年公表している大学の世界ランキングを見ると、中国の大学の躍進ぶりがよくわかる。
QS社の大学ランキングによれば、2015年に200位以内に入った日本の大学は8大学、中国は香港を含めると12大学がランクインしている。
QSランキングが始まった2004年では、トップ200にランクインした中国の大学はわずか5大学であり、日本は11大学あった。しかし、その後中国は躍進し、日本が停滞したことは明らかだ。
日本の大学は戦前から今まで、旧帝国大学が人材を供給する高等教育機関とみなされてきた。中国人の研究者から見ると「日本の大学は、旧帝大に投資が集中しており、大学の発展も競争も硬直化していて魅力に乏しい」(日本に留学した中国科学院の教授)という。
「サイエンスパーク」という中国独自のシステム
中国の大学は社会貢献することが義務付けられており、産学連携が活発だ。その分、基礎研究がややおろそかになっているが、これは1970年代までの日本の大学とよく似ている。日本は産学連携とは言わなかったが、大学研究者と企業の密着はよく知られていた。
中国で設置されたのが大学と産業界が共同で研究開発を展開する「国家大学サイエンスパーク」と呼ばれるイノベーション創出機関である。産学連携によるベンチャー企業の育成、インキュベーション事業の推進を目的にしている。
いくつかの大学のサイエンスパークを見学したが、大学の研究機関とは一味違う企業の研究開発部門にも見えるし、大学の応用研究現場にも見える。
また、中国のトップクラスの大学は、世界のトップクラスの企業と研究開発の連携を組むことが拡大している。北京の清華大学サイエンスパークを見学に行った時に聞いた話では、サン・マイクロシステムズ、P&G、トヨタ、東芝、NECなど日米の企業と連携しており、そのほかヨーロッパなどのIT、光学機器、バイオ製薬、金融など世界一流企業が研究室を設立していた。
浙江大学と富士電機の産学連携活動もよく知られている。ほとんどの大学で産学連携活動が活発に行われており、特許の出願、管理制度も驚くほど整備されてきた。数年前まで大学の特許出願・管理についてはあまり活発でなかったが、急激に知財意識が目覚めてきた。
特許技術の移転だけでなく大学発ベンチャー企業(中国では校弁企業と呼ぶ)、国家技術移転センター、インキュベーターなどの設立、運営、教育訓練、仲介サービス、地域振興など多様な活動を各地で展開している。
中国教育部科学技術発展センターによると、2010年には中国の552大学が5279のベンチャー企業を所有している。売上高のトップは北京大学が経営する方正集団有限公司で、売上高は約1兆7700億円(OECD購買力平価により計算)。次いで、清華大学の同方股●有限公司の約9892億円(同)で、両社が双璧になっている。
※●は「にんべん」に「分」
このように拡大するサイエンスパークは、将来どのように進展していくのか。浙江大学の教授に聞いてみると「中国の企業は、伝統的に研究開発部門が貧弱なので、サイエンスパークは大学の技術力を借りて中国全体の企業の開発部門を担当するようなものだ」と言う。
そして「10年先、今のようなサイエンスパークはなくなるか、まったく別の組織と目的に変化しているだろう」とも語っている。時代の変革に合わせて自ら進化していく中国の産学連携と大学のたくましい姿を垣間見るようなコメントだった。
個別の研究レベルを精査すると
それでは個別テーマの中国の研究レベルはどの程度になってきたのか。JST研究開発戦略センター(CRDS)が、日本の最先端研究者356人からヒアリング調査した結果を見てみよう。
最先端科学技術分野とは、(1)電子情報通信、(2)ナノテクノロジー・材料、(3)先端計測技術、(4)ライフサイエンス、(5)環境技術、(6)臨床医学の六つである。
この6分野の「研究水準」「技術開発水準」「産業技術力」の三つのカテゴリーで評価をしてもらった。
その結果、世界の水準から見て中国が非常に進んでいると評価された項目は次の通りである。
電子情報通信分野において産業技術力で非常に進んでいるとされたものは、集積回路(高周波、アナログ)、光通信、光メモリー、ネットワークシステム、情報通信端末技術である。マルチメディアシステムは、研究水準、技術開発水準で非常に進んでいると評価されている。
ナノテクノロジー・材料分野では、ナノ空間・メソポーラス材料、新型超伝導材料、単一分子分光が研究水準で非常に進んでいるとされた。先端計測技術分野では、X線、γ線(分光分析法)で技術開発水準、産業技術力で非常に進んでいると評価された。ライフサイエンス分野では、環境・ストレス応答(植物学)が産業技術力で非常に進んでいるとされた。
それ以外の分野では、全体的に見て米国が圧倒的に進んでおり、欧、日がそれに続き、中国は欧、日に急速に追いつきつつあると結論付けている。
圧倒的に強くなった宇宙開発
分野別に見ると、圧倒的に存在感を出しているのは宇宙開発である。軍事開発最優先として核兵器、ミサイルの開発と一体になって最も力を入れて進められてきたもので、いまや米、露に次ぐ宇宙開発水準を達成している。
有人衛星「神舟」を打ち上げた「長征2F」(低軌道打ち上げ能力8.4トン)、静止衛星打ち上げ能力5.2トンを有する「長征3B」は、日本のH2Aと同水準であり極めて高い性能である。
現在開発中の低公害新型エンジン「長征5」の最強モデルは、静止衛星14トン、低軌道衛星25トンの打ち上げが可能とされ、欧米をはるかに凌 ぐ性能である。2016年末に打ち上げる予定となっている。
ロケット打ち上げ回数と成功率を見ても、「長征」シリーズは1970年から約200機打ち上げ、成功率は94.36%である。米、露、欧、日の成功率は91%以下だから中国が最も高い成功率となる。最近10年間の打ち上げを見ても一度も失敗がない。こうした事実は、日本では報告されたり、語られたりすることがほとんどない。
日中科学技術政策の決定的な違い
中国の科学技術の水準と研究現場のレベルが急速に上がってきた理由はどこにあるのか。ここで紹介したことからも、中国は常に世界一を目指し、大胆な国家目標を掲げることで現場の士気があがっていることが見て取れる。
中国は一貫して科学技術を最重要政策と位置付けてきた。沖村氏は「共産党・国務院・行政各部が一体となって政策立案し、実行する体制が出来上がっている」とし、「国務院直属のトップダウンで横断的政策を実行する組織、シンクタンクが充実している」と語っている。
さらに沖村氏は「研究現場がチャレンジ精神で取り組むように、国家が指揮しているように見える。科学研究にはイデオロギー色がないので国際的にも公正に評価を受けられることが研究者にとっては最大の魅力であり、研究者の士気を高めている」と語っている。
科学技術創造立国を国是として掲げている日本において、国家としての科学技術政策と目標と将来戦略が、国民や研究現場にまで明確に伝わってこないことは政治、行政、学術現場の最大の課題である。
http://www.yomiuri.co.jp/fukayomi/ichiran/20160414-OYT8T50077.html?page_no=1
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